【08】

泥酔

会社の先輩ネタをひとつ披露したい

年の瀬を迎えた12月のある金曜日

ベロベロになるまで飲んだくれた先輩の帰宅途中に起こったエピソード

ふう、少し飲みすぎた…オレも年食ったな

ネクタイを緩め、改札を出ると夜風が頬に心地良い

千鳥足で寒空の中家路へと歩く と、商店街の薄明かりの片隅でうずくまっている人を発見した

元より人一倍正義感の強い先輩のこと、苦しんでいる人を見て放っておくことはできない

「どうしました、大丈夫ですか?」

声を掛けながら近寄り驚いた

「か、顔色真っ青じゃないですか!大丈夫ですか」

肩を抱き、更に戦慄が走る

笑いながら頷いてはいるが、身体の体温はすっかり奪われ冷えきっている

季節は12月

吹きすさぶ風の中、このまま放っておいたら死んでしまう!

どうする?

救急車を呼ぶか?

ここから自宅まで10分

救急車の到着を待ってたら手遅れになる

畜生!

酒のせいで冷静な判断ができない自分を呪う

とにかく考えている暇はない

よし、家まで背負って行こう!

決断するが早いか、背中にしっかりと重さを感じながら自宅へ急ぐ

「大丈夫ですからね、もうすぐ温かい部屋に着きますから」

はぁはぁ、人を背負うのは何年ぶりだろう

酒は飲んでも飲まれるなってな

苦笑いを浮かべながら確実に自宅へと続く道を歩く

「しっかりして下さいね、もう少しです」

疲れと酒でよろけながらも自宅のマンションに到着

すぐさまエレベータのボタンを押すがなかなか下まで降りてこない

「駄目だ、待ってられない」

エレベータを待つ時間さえもどかしく、非常階段を駆け上がる

はぁはぁ…

オレがこの人を救ってやる。絶対助けてやる

例えこの足が明日から 動かなくたっていい

この人が助かってくれるのならば…

神様、どうかこの人を助けてやって下さい。お願いします…

クチは渇き、膝は笑い、息も絶え絶えに5階まで上りきり、自宅の前に辿り着く

ピンポーンピンポーン

ドンドンドン!

「おい、開けろ。急病人だ!」

ドンドンドン

「頼む、早く開けてくれ」

ドンドンドン

「頼むから…死んじゃうよ、この人死んじゃうよぉ」

感極まって涙が込上げる

深夜2時

近隣の部屋からも、ただならぬ気配に明かりがつき始めた

パッ

やっと自宅の玄関に人の気配が

隣の住人も何事かと玄関のドアを開け、こちらを窺っている

ガチャリ

「あなたどうしたの?」

ガウンを羽織った寝ぼけマナコの女房が出迎える

「た、大変だ!この人顔色真っ青だろ?早く部屋で温めてあげなきゃ死んじゃうよ」

虚ろなだった妻の目が大きく見開かれる

「あ、あなた…」







「それケロヨンだけど…」



はぁはぁはぁ…   えっ!?




そりゃ顔色真っ青だよ


だってカエルだもの!



「早く戻してらっしゃい」

ガチャン…


今宵も月が優しく頬の涙を照らしている
[0]戻る